離れていても、まちと外をつなぐもの

やままち編集部とは
神山町出身の4名が、「遠くで暮らしていても、故郷である神山に関わることができれば」という想いで活動している編集部のこと。
広報かみやまにて、2021年9月号からはじまった「まちの外で生きてます」の連載を企画・制作しています。
私たちが活動しています
やままち編集部 メンバー

下分出身、1981年生まれ 。大阪のアパレル会社で広報やPRに関わっている 。やままち編集部では、スケジューリングやキャスティングを担当。

神領出身、1985年生まれ。東京の出版社で編集の仕事に携わっている。やままち編集部では、インタビューをして原稿に起こす作業をしている。

神領出身、1998年生まれ。現在エジプトに在住し、ボランティアで医療機関に関わっている。編集部では、中学生から先輩へ質問するQ&Aコーナーを担当。

下分出身、1998年生まれ。町外の会社に勤めている。編集部では、広報かみやまの紙面に収まりきらない記事をイン神山にて掲載している。
やままち編集部ができるまで
大家 2021年度、神山町の創生戦略「まちを将来世代につなぐプロジェクト」第2期がスタートする時に、取り組みのグループ内で話し合いを重ねていました。その中で、まちの外に住んでいても、神山のことをずっと思っている人たちをつなぐことができたらという話になりました。
大南 神山が知らない間にどんどん変わっていくことに嬉しい思いがある一方で、まちの外にいる私たち自身も、その変化の中に身を置いてみたいという気持ちが大きいことに気づいたんです。そこで、その時に集まったメンバーを中心に、やままち編集部を立ち上げることになりました。
まちの外で生きてます ができるまで!
①対象者決めミーティング
まずは「いま、どんな人の話を届けたいか」を編集部で話し合い、取材対象となる方を決定します。
②アポ取り
決定した対象者の方へ連絡を取り、取材の日程や進め方の調整を行います。
③取材実施
オンラインで、神山で過ごしたときの思い出や現状のお話などを伺います。
④原稿執筆・素材集め
伺ったお話をベースに原稿を執筆し、写真などの素材を集めていきます。
⑤学校への原稿共有と生徒からの質問集め
できあがった原稿を学校に共有し、記事を読んでくれた生徒のみなさんから感想や質問を集めます。
⑥Q&A執筆
生徒たちから集まった質問や声をもとに、Q&Aコーナーなどの原稿を仕上げます。
⑦誌面完成&「イン神山」へ記事の公開!
取材した言葉と生徒たちの声が詰まった誌面が完成!さらに、紙面に収まりきらなかった内容をWebサイト「イン神山」にて同時に公開します。

続・「まちの外で生きてます」 ーあれから僕たちはー
2021年9月号から「まちの外で生きてます」の連載がはじまって以来、これまで紹介してきた方は30名にもおよびます。その中から4名の方に再びお会いして、インタビューを受けた時の気持ちや掲載後の反響、神山への想いなど、お話を聞きました。

取材を受けている最中に、神山に戻って何かやりたいという気持ちが湧いてきたのを覚えています。掲載をきっかけに疎遠になっていた友達から連絡があって、楽しく話ができたのは良かったです。大阪でのつなプロ報告会の様子を撮影させてもらったのですが、神山のこれからを考える輪の中に自分も関われて、ますます誰かとつながりたくなりました。神山を離れてはじめてその良さが分かるし、今まちに住んでいる人はその魅力を思う存分味わってほしいですね。

第6回2022年7月号 阿川出身/石井町在住 多田 さん
神山町に関わってくださっているみなさまの行動力のおかげで、このまちだからできる連載企画になっていると思います。年を重ね、自分にスポットが当たることが少なくなっていたので、いっぱい話を聞いてくれて嬉しかったです。僕は友達に恵まれたので、自分より友達のことを紹介できるいい機会だと思いました 。実家が神社を代々受け継いでいるのもありますし、近い将来、神山町に帰って来て、自分の使命を果たしたいです。

役場に勤めている仲の良い友達から頼まれたのと、地元が好きで何かお手伝いができればという気持ちでインタビューを受けることに。職場の人や県外に住む友人たちが記事を読んでくれて、いずれ実家の豆腐屋を継ぐのか聞かれましたが、この先のことは分かりませんね 。この連載に出る人たちは、まちの外にいても神山愛にあふれる人ばかり。そんな人たちと学生さんや若い人たちとが協力して、まちをさらに盛り上げていけたらいいですね。

大阪でつなプロ報告会があった時に、同級生に声をかけてもらいました。インタビューを受けて感じたのは、自分が幼少期に神山で過ごしたことを、時系列で思い出していける良い機会になったということ。中学校で先生から教わったことはずっと心にあるので、大人になって振り返ってみると貴重な経験だったなと思います。帰る場所があることと、美しいふるさとに暮らしながら、その良さを生み出している方がいることに、とても感謝しています。
「まちの外で生きてます」を読んで思うこと

神山から離れていても、神山のことを大切に思っている人たちが多いですよね。僕は小学校3年生の時に神山に引っ越してきたのですが、みんなが学年関係なく温かく接してくれて、すぐに神山のことが好きになりました。町外の高校に進学して同級生と離ればなれになっても、今と変わらず仲良く遊んだり、地域の方ともいっぱいお話ができたらいいなと思っています。

進路を考える時期になって、将来の選択肢について意識することもあるのですが、いろいろな大人の方の仕事や生き方の話を読むと、自分では思いつかなかったようなことを知る新しい発見もあります。学生からの質問コーナーは、今の自分に重なるところがあって参考になっています。
やままち編集部トークセッション
今年9月で6年目を迎えるやままち編集部。メンバーである大家孝文さん、大南真理子さん、海老名和さん、中川麻畝さんの4名に座談会を開いていただき、はじまった当時のエピソードや連載を続けてきて気づいたこと、編集部のこれからについて、お話しいただきました。

はじまった当時を振り返って、どうですか?
大 家 第1回目のゲストが僕でした 。自分の半生を振り返ることができたし、みんな 手探りで良い緊張感もありながら 、大変なことがはじまった瞬間に立ち会えたような気がして、誇らしかったですね。
海老名 大家さんにも( 大 南 )真理子さんにも直接お会いしたことがないまま、編集部のミーティングがスタートしたので、緊張しながら参加したのを覚えています。
5年間続けてきて感じたことや印象に残ったことはありますか?
大家 5年間でのべ30人に取材していると、共感できる部分や“神山出身あるある”が発見できます。立志式に何を宣言したのか、まちから離れた高校に通ってカルチャーショックを受けたかどうか、その2つの話を聞くのがいつも楽しみなんです。
中川 例えば青雲寮のように、神山での生活は同じはずなのに、少し年代が違うと全く知らないことがあって、とても新鮮に感じました。
海老名 人それぞれに人生のターニングポイントがあったり、葛藤や悩みを抱えていたり。お仕事だけでなく、誰かの人生について深いお話を聞けることってなかなかないので、毎回おもしろいですね。
大南 神山のことをポジティブに思っている人だけでなく、まちの未来がどうなってゆくのか心配したり、もっとこうしたらいいのにと考える人にも出会うこともありました。そういう意見は、神山に関心を持ってくれていることの表れだと思うから、その度インタビューして良かったなと思います。
今はどんな気持ちで取り組んでいますか?
大南 長く続けることが一番の目標です。編集部のかたちがどうであれ、読者に届 けたいことそのものが大切なんだということを、みんなで共有しながら進んでいけていると思います。私の夢は、町民図鑑をつくることなので、まだまだ先は長いですね。
海老名 この企画を通して、こんな先輩がいるんだとか、中学生の時に自分と似たようなことで悩んでいたんだと、知ってもらう機会になればいい 。そして、連載を 読んでいた中学生たちが大人になった時に、取材を受けてもらえる日がきたら嬉しいですね。
中川 5年が経って積み重ねてきたものもあると思います。例えばラジオで話したり、これまで登場した人たち全員を集めてトークイベントを開いたり、今後もいろいろ楽しいことができそうだなと思ってます。
町民のみなさんにメッセージをどうぞ。
大家 興味のある方やお話を聞きたい方がいらっしゃったら、ぜひご紹介ください。
中川 今は神山で暮らしていないけど、このまちに想いを寄せている方はたくさんいます。きっと同世代の方が登場する回もあるので、自分の記憶と照らし合わせな がら読んでいただき、クスッと笑ってもらえたらいいなと思います。
海老名 これまで20代から50代までと幅広い年代の方に取材させていただきました。何か大きなことを成し遂げたというお話じゃなくても 、神山から離れた場所で 今こういうことをして生活していますというかんじで、気楽に出ていただきたいです。
大南 いつも元気にしていますよって、2ヶ月に1 回 、遠い親戚から届くお手紙だと思って、読んでもらいたいですね。
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